最近「デートDV」という言葉をよく聞く。デートで異性から暴行を受けるというものだそうだ。大半は女性が男性から受けるというのだ。女性が男性にデートを拒否したら、包丁を突き付けられたという言語道断な例も多々あった。僕はデートは女性から申し込んでくれた方がいい。しかし、あんまり日本人を好まない人間なので…ドギツイ反応しか返ってこないからだ。特に日本人女性には刺されたり蹴られたり傷つけられたりと数々の受難を乗り越えて来たので…かなり受け入れ難いかもしれない。しかし、どうしてこうも凶悪な女性が多く性格的にドギツイのが周囲に多いのかわからない。
導火線*’街角掲示板アーカイブ
(西暦2002年-2009年)
総投稿数:340件 豊橋駅東口でサンタクロースが手配り配布する読者投稿型フリーペーパー
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女性の好きな男性を選ぶ基準がわからない。テレビを見ていて立腹した。「超カッコイイしぃー」「何でも買ってくれるしー」…。これじゃ、まるで選び方が子供か下僕を選ぶようだ。オトコは、子供や下僕じゃねーんだよ!「大人ならもっとマシな異性の選び方できないか?」とオトコとして疑問がわく。しかし、男もしかりである。「かわいいから」などですぐ彼女になれと言う。女性側からしたら満更ではないが気持ちとしたら考えものだろう。最近は、特に日本人女性に関しては危険ささえ感じるのでかなり私的だが僕は警戒している。オトコの選び方が甘すぎだ!
2月21日付の中日新聞朝刊三河版に火事のニュースが載っていたのでまさかと思いながら読んでいた。なんと得意先である。これじゃあ、仕事ないじゃん!思わず叫んでしまった。泣きたいくらいの事実に口をつぐんだ。これからは仕事がないので、仕事も午前で切り上げ午後は代わりにレクをしている。
僕はイジメによくあった。性格的にはおとなしいとか勤勉博学とか言われたこともある。しかし、あまりにも我慢できないときはスポーツで解消するが、それでもできないと終いには堪忍袋の緒がブッツリ切れついに戦争勃発!イジメられた思いのたけを本人たちにぶつけた。顔を竹刀でぶっ叩いたり、ケツバットや腰バットは外道だがやったことがある。身を持って知って欲しいからだ。でないと、やったヤツにやられた側の痛みなんざ分からないわけだから。ほかにも多数方法はある。イジメられたら最初はとことんまで我慢!耐え切れなくなったらとことんまで反撃して下さい。イジメている彼等には事の重大さが理解できていないのだから。とことんまでまでたたき潰して痛みをわからせないと懲りずにまたやって来ます。こうなったら「やり返すだけでなく、とことんまでたたきつぶせ!」
東京の繁華街でもある銀座。米軍により「GINZA」と表記された。欧州人には「ジンザ」、アメリカ人には「ギンザ」と親しまれた。近くにも刈谷市に銀座通りなど名残がある。元々は江戸時代、お金の事を「銀」といい、「銀」を作る人や取り扱う人達の集まり住んだところを「銀座」と言っていたのである。勿論幕府許可令状が必要になり、犯せば刑も重い。徳川家康が駿府大井(静岡市)にいた時分「銀座」と呼ばれたところが存在する。現在の両替町あたり一体で江戸移転に際し、名前が変った。その後、今の銀座の辺りが「銀座」とよばれ現在まで続いている。
「地図は読み物じゃない」という人は相当多い。そうすると「当たり前だろ、バカ」と来るのは心を読んでの通り。これには「ほー、上等」と返す。それは実に浅はかな言動です。今は地図帳も今日では「知」図帳なんです。立派な読み物になっています。
修学旅行に一緒に行ってもらった先生の実家が鹿児島県大口にある。かつて無類の温泉好きとレッテルを張られた。「一緒に温泉に行かないか?」とも誘われたが当時私も多忙なためか行けれなかった。彼は自殺したが、非常に教育熱心な先生で常に弱者の考えに味方した。よほど僕の事を知りたかったのだろうと察する。彼の名言には数々ある。その中の一つにはこんな言葉がある。「馬鹿のマネはバカにはできないんだ!」
よく女性は、請求書まがいのチョコをこの時期配る。この行動は理解に苦しむ。しかも、チョコ。請求書まがいなら別にチョコに限らないでいいのでは。時々いて僕も体験したが「倍返し」以上を請求する非常識なオンナも多い。そんなバレンタインならやめたほうがいい。もらった男もいやな気持ちだから。今までに体験したバレンタインの請求の最高は64倍返しです。ホワイトデーはばかばかしいので、やりませんでした。
明日からのフィンランドとスイスの旅行を、楽しみにしてはいたのですがなにせ「期限切れ」で行けなくなりました(_||)ガーン。パスポート発行まで一週間要するとかで…てことは早くて今月下旬。はっきり痛いです。そこに来たのが葬式の通知。どっちみち行けないじゃないか!少し怒りを感じる昨日でした。
ここは、高校の修学旅行に来て2度目で20年ぶりです。修学旅行の時は先生たちとの行動でした。なぜなら当時のイジメの事態を重くみた(私は自殺未遂まで行きました)先生方が「行かしてやるから一緒に行動しなさい」というわけでホテルも別棟でした。普通に生徒たちとは行動できませんでしたが、砂風呂や焼酎(微量)を飲んで夜を明かしたのは記憶に残っています。あれから大人になり微量しか飲めなかった焼酎を思いきり味わいたいものです。今、その先生は亡くなっていませんが「大人の味」を味わわしてくれたことには感謝しています。そんな温かい鹿児島がここにはある。